大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和46年(ワ)2135号 判決 1974年3月12日

原告 能登三喜夫

右訴訟代理人弁護士 福間昌作

被告 東京芝浦電気株式会社

右代表者代表取締役 宇都宮忠夫

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

高橋貞夫

来間卓

山田靖典

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は次のとおり請求の趣旨、請求の原因、被告の主張に対する反論を陳述した。

(請求の趣旨)

被告は原告に対し金八七、九〇〇円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

一、原告は「東京芝浦電気株式会社」が数社あることを知らず、一社のみと信じ、名古屋市中区に所在する東京芝浦電気株式会社中部支社にその本社所在地を問合せ、東京都であることを確かめ、これを所管する法務局に登記簿抄本交付を申請し、代表者名が宇都宮忠夫であることを知った。

二、よって、右代表者宛に原告代理人弁護士福間昌作が本件労災事故を原因とする損害賠償訴訟とほぼ同一内容の損害賠償の請求書に右訴訟に提出すべき各甲号証とほぼ同一の書証写を添付して審査を依頼し、その結果を一か月以内に回答ありたい旨の配達証明郵便を昭和四六年七月一六日発送し、右郵便は同月一九日被告会社に到達した。

三、しかし、被告会社からはなんらの回答がなかったので、同年九月六日本件訴状を提出し、訴状に金八六、一五〇円の印紙を貼用した。

四、ところが、被告会社の本訴に対する答弁書により、本件事故発生場所を所有管理する会社は、川崎市に本社を置く同商号の訴外会社であることが判明したので、原告は改めて右訴外会社に対し昭和四六年一〇月二〇日訴を提起し、訴状に金八七、九〇〇円の印紙を貼用し、原告は同額の損害を蒙った。

五、被告会社の帰責

1、「東京芝浦電気株式会社」は東京都所在のもの(被告会社又は東京都東芝という)と川崎市所在のもの(訴外会社又は川崎市東芝という)とを区別した表示がないことは明らかであり、日本国内のみならず、国外においても「東芝」として著名であり、マスコミその他によっても区別して表現報道せられていない。従って一般社会人はこれを一会社と認識している。

2、被告会社の事業を執行する被用者(以下被告会社従業員という)は、原告代理人の被告会社に対する前記配達証明郵便が会社を誤認してなされたものであり、かつ、すでに弁護士を依頼して前記のとおりの資料と根拠を整備しての請求であるから、回答をしなければ訴訟の提起があるべきことは経験則に照らし当然のことと認識すべきであり、仮りに認識しなかったとすれば、それ自体過失である。

3、被告会社従業員は前記1の事実が存在することは知っており、かつ関東地区に同名会社として存在するのであるから、右の一般社会の認識を知るべき義務があり、原告が右の過誤に陥っていることを知れば、これを是正すべく注意を促がす法律上の注意義務があるのにこれを怠った。

4、商号権は不正競争の目的をもって使用されないことを主眼として財産権的性質を有するものとせられているが、反面第三者にとっては取引の主体を区別し、過誤なからしめるための表識としての価値を有する。

商法一九条は両者の趣旨を同一市町村内に同一の営業をするものに限っており、通常の資本及び規模の営業はこれをもって足るが、被告会社若しくは訴外会社のごとき大会社で全国的な大規模営業を行っている場合には、法律上は二社の存在が可能であっても、実際上の取引においては第三者をして過誤なからしめるよう注意すべき義務が両社の従業員にある。

5、よって、被告会社従業員が右の注意義務を怠った結果、原告をして貼用印紙を二重払いさせ、金八七、九〇〇円の損害を蒙らせたのであるから、被告会社はこれを賠償すべき義務がある。

6、被告会社の本社は訴外会社の本社事務所と同一所在地の同一屋内にあり、しかも、訴外会社の商号を保全するためにのみ会社を設立して訴外会社の営業と誤認せしむべき同一商号を使用しており、商法二一条一項に違反し、原告は現に利益を害せられたのであるから、同条二項により損害金の賠償を請求するものである。

7、右のごとく、訴外会社は本社事務所が被告会社の本社所在地にあるのを誇示表明しているのに、被告会社はこれを許容し、商法二〇条による使用禁止の請求をしないのであるから、原告としてはこれを区別しうべくもない。

六、よって、被告会社に対し、原告の蒙った損害金八七、九〇〇円の支払を求めるものである。

被告の主張に対し、次のとおり述べた。

七、東京都東芝が東京都における川崎市東芝の商号を保全するためにのみ存在し、経済活動を行わないことは株式会社が商行為若しくは営利を目的とするものである(商法五二条)ことを前提に、商法が規定されており、同法五二三条は結局会社の行為はすべて商行為の規定を適用することを定めている趣旨に反し、会社の実体を具えずして会社と称するものである。

八、従って、東京都東芝は商法一四条に違反して故意に不実事項の登記をし、同法一八条に違反して会社に非ずして商号中に会社たることを示す文字を用いており、しかもその設立の目的が他に会社を設立しようとする者の商号選択の自由を侵害するためのものであるから、実に同法五八条一項一号の会社の設立が不法を目的とするものに該当する。

九、しかも、東京都東芝は右の不法の体質に加えて川崎市東芝が自社の本社所在地と同一場所を本社所在地と呼称し、実質的枢要機関を同一社屋内に存置することを許容して明らかに川崎市東芝の商法一九条の脱法行為を幇助し、第三者をして両社の区別を誤まらしめている。

一〇、以上の事実を意識して存在せしめている両東芝は紛らわしい両会社の区別につき第三者が誤ることのないよう注意すべき義務がある。

一一、被告は原告の商法二〇条、二一条違反の主張を論難するが、元より商法は東京都東芝のごとき目的をもって商号登記を乱用することを予想しておらず、不正競争と紛らわしい商号の存在を防止するための規定で、専ら既得商号の保護を中心とするものであり、その立場からの規定であるが、この立場を替えて、原告のごとき第三者の損害を保護する場合にも右条文の法意を援用すべきである。

(証拠)≪省略≫

被告訴訟代理人らは「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の請求原因一の事実は知らない。二は認める。三も認める。(但し原告が訴を提起したのは昭和四六年九月七日である。)四について、原告が被告会社と訴外会社とが同名の会社であることを知った事情及び損害を蒙ったことは知らない。原告がその主張の日その主張の印紙を貼用して訴を提起したことは認める。五について1のうち、被告が川崎市に本店を有する訴外会社(川崎市東芝)と区別した表示をしていないことは認め、その余は否認する。訴外会社は原告主張のごとく国内及び国外において著名であるが、被告会社はなんらの経済活動を行なっておらず、専ら東京都千代田区における「東京芝浦電気株式会社」なる商号を保全しているのみである。2ないし5の法律上の主張は争う。

二、被告の主張

原告の請求は全くの独断に基づくものであって失当である。原告は自らの認識不足と調査不足のため被告会社を訴外会社と誤認したものであるのに、被告会社においてこれを指摘しなかったことをもって違法としているようであるが、被告会社には原告の当事者に関する錯誤を指摘しなければならない法律上の作為義務はない。

原告が被告会社に宛てて発した書面がその回答の如何によって訴の提起を示唆するものであっても、この理はなんら異るものではない。従って原告において被告会社を損害賠償の請求の相手方として訴を提起したことによって蒙った損害があったとしても、被告会社がこれを填補すべきいわれはない。

三、原告の主張に対する反論

(一)  商法二一条一項違反の主張につき

被告会社はいかなる意味においても右条項に該当する行為をしていない。そもそも被告会社が設立された趣旨は日本のみならず、世界的に著名な川崎市東芝の商号「東京芝浦電気株式会社」が、東京都区内において第三者によって不正競争その他不正の目的のために使用され、右訴外会社はもとより訴外会社なりと誤信する善意の第三者の利益が害されるのを保護せんがためである。

(二)  商法二〇条違反の主張について

川崎市東芝が被告会社本店所在地と同一の場所で本社業務を行っているからといってこれを差止める必要は全くない。

原告が一方で商法二一条違反を主張しながら、一転して訴外会社の商法二〇条違反を主張するのは全く矛盾である。

(証拠)≪省略≫

理由

一、原告代理人弁護士福間昌作が被告会社代表者宛に原告の労災事故を原因とする損害賠償請求書に、書証写(右事件の本訴に提出すべき甲号証)を添付して審査を依頼し、その結果を一か月以内に回答ありたき旨昭和四六年七月一六日付配達証明郵便をもって発送し、右郵便が同月一九日被告に到達したこと、被告会社からなんらの回答も発せられなかったこと、原告がその日時をのぞき金八六、一五〇円の印紙を貼用して被告会社に対する訴状を名古屋地方裁判所に提出したこと、原告が改めて訴外会社(川崎市東芝)に対し、同年一〇月二〇日訴状に金八七、九〇〇円の印紙を貼用して訴を提起したことは当事者間に争いがなく、本件記録によれば、原告が被告会社に対する訴状を提出した日は昭和四六年九月七日であることが認められる。

二、原告は、被告会社(東京都東芝)と訴外会社(川崎市東芝)とを区別した表示がないことによりマスコミその他によっても区別して表現報道せられておらず、一般社会人が一会社と認識していること、弁護士を依頼して資料と根拠を整備しての請求であるから、訴訟の提起があるべきことを認識すべきであって、原告が過誤に陥っていることを知ればこれを是正すべく注意を促がす法律上の義務があるのにこれを怠り、原告に二重の訴提起を余儀なくさせ、貼用印紙相当の損害を蒙らせた旨主張する。

被告会社が訴外会社と区別した表示をしていないことは当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によれば、被告会社と訴外会社とは商号は同一であるものの、本店所在地、目的、会社成立の日、資本の額、及び役員を異にし、別会社であることが明らかであって、被告会社代表者宇都宮忠夫宛に発送された配達証明郵便による原告代理人の請求書の配達を受けた被告会社としては、右請求書の内容よりみて訴外会社に対する請求を誤って被告会社宛になされたものであることを了知したことは推認するにかたくない。しかしながら、被告会社としては道義上はとにかく、原告代理人に対し、右誤認を是正すべく注意を促がす法律上の義務はなんら存しないものというべきである。弁護士よりの資料と根拠を整備した請求書であるから、訴提起がなされることを認識し又は認識すべきであるからといってこの理にかわりはないこというまでもない。

三、原告の商法二一条違反の主張について

被告会社がなんら経済活動を行なっておらず、専ら東京都千代田区における「東京芝浦電気株式会社」なる商号を保全するのみであることは被告の自認するところであり、証人佐野武彦の証言によれば被告会社の本社は訴外会社の本社事務所と同一所在地の同一屋内にあることが認められる。

右のごとく、商号保全の目的による商号の使用は現在の営業活動のためのものでないことは勿論、不法の目的をもって商号を使用した場合に当らないと解せられる。従って原告の商法二一条違反の主張は理由なく、同条二項による損害金の請求も失当というべきである。

この点に関し、

(1)  原告は商号保全のためのみの会社の設立は会社の実体を具えずして会社と称するものである旨主張するが、≪証拠省略≫によれば被告会社は会社の実体を具えているものというべく、営業活動をしていないからといって、会社の実体を具えないとは解せられないから、原告の右主張は失当である。

(2)  原告は被告会社は会社の設立が不法を目的とするものに該当すると主張するが被告会社の商号使用は訴外会社の東京都における商号保全のためのもので、現に営業活動をしていないことは前記のとおりであるけれども、被告会社が故意に不実事項の登記をしたと認むべき証拠なく、会社に非ずして会社たることを示す文字を用いたものとも解せられないのみならず、商号選択の自由を侵害するものということはできないから、会社の設立が不法を目的とするものとは断定しがたい。よって原告の右主張は失当である。

(3)  原告は、被告会社において訴外会社の商法一九条の脱法行為を幇助し、第三者をして両者の区別を誤まらしめている旨主張するが、被告会社の同一商号使用が訴外会社の承諾のもとになされていることは弁論の全趣旨より明らかであって、商法一九条の脱法行為でないこというまでもないから、被告会社が脱法行為を幇助したとの原告の主張は失当であって採用のかぎりでない。

四、原告の商法二〇条違反の主張について

訴外会社が被告会社本店所在地と同一場所で本社業務を行っていることは前記のとおり佐野証人の証言により明らかであるが、弁論の全趣旨によるも不正競争の目的をもって同一商号を使用している場合に当らないこと明らかである。よって商法二〇条違反には該当せず、被告会社が差止請求をしないことは当然であって、商法二〇条違反を前提とする原告の主張も採用できない。

五、原告の商法二〇条、二一条の規定を原告のごとき第三者保護の場合にも援用すべきである旨の主張について

商法二〇条、二一条の規定の趣旨は、原告代理人の指摘するとおり、専ら既得の商号保護を中心とすることはいうまでもない。しかしながら、一面において原告主張のごとく、商号が第三者にとって取引の主体を区別し、過誤なからしめるための表識としての価値を有することは無視し得ないけれども、商法二〇条、二一条の規定を、観点をかえて、原告のごとく商号が同一のため当事者を誤認したと主張する場合に、右規定を援用しうるか否かについては、これを否定すべきものと解すべきである。けだし、右商法の規定を右のごとき場合に類推適用することは、条文の解釈上困難であるからである。よって、原告の右主張も採用できない。

六、以上の次第で、原告の主張はいずれも理由なく、被告会社に対する本訴請求は失当であるから、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒木美朝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例